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柏村武昭のうまい美味話

01 2026spring

 いやぁ。広島のアラン・ドロンあるいは中条きよしを自称していた僕も82才になりました。この年になると「いかに美味しいものを食べ尽くすか」が残りの人生のテーマと言っていいくらい(笑)。食欲が僕の健康のバロメーターで、食べられるうちはまだまだ大丈夫だと思ってる。
 グルメ本を2冊出しているくらい食べることは昔から大好きなんだけど、いわゆる珍しいものや贅沢なものを好む美食家とは違う。高くて美味しいのはあたりまえ。安くて美味しいものを探し当てるのが無上の喜びだし、僕の得意ジャンルなの。原点は戦後の食糧難の時代に近所のおじさんが手づくりした「せんじがら」をもらった時の感動かな。豚のホルモンを揚げて干したお酒のつまみで、もう涙がでるくらい美味しかった。近年はコンビニや土産店でも見かける懐かしの広島の味だね。
 安くて美味しいものといえば、やっぱりお好み焼き。82年の人生で一番食べたのもお好み焼きだな。子どもの頃、地元の三次に千両屋というおばちゃんが一人でやっているお店があって、友達とよくおやつに食べに行ってたの。うちは母子家庭だったから15円の野菜だけの薄~いお好み焼きしか食べられなくてね。肉を入れるヤツが羨ましくて、羨ましくて。時々母親が「卵が手に入ったから、おばちゃんに入れてもらいんちゃい」と渡してくれると大喜びしてた。そんなちょっと切ない思い出もあって、僕にとってお好み焼きはソウルフード。広島には名店と言われるお店がたくさんあるけれど、僕が普段よく行くのは八木の楓(安佐南区)、じぞう通りの貴家(中区)、お好み村のPAL(中区)かな。旅行で広島に来たら、まずはお好み焼きでしょう(笑)。

02ちょっと脱線編  2026summer

 

 ボクは食べることも好きだけど、音楽も好き。カープのトレーナーだった親友の福永富雄から紹介された衣笠祥雄も音楽好きで意気投合したの。出逢ったころボクは新人アナで、彼はまだ2軍の寮にいた下積み時代。三篠にあった寮には、山本浩二や山本一義らもいて今思うと宝の山だった。当時の衣笠はヤンチャでね。高級外車を乗り回して民家の生垣に突っ込んだりしたもんだから、寮長やコーチに叱られ10年間免許を取り上げられたほど(笑)。でも1軍に上がってバンバンホームランを打つようになると「実るほど頭を垂れる稲穂かな」で、次第に皆が知ってる礼儀正しい鉄人衣笠になっていったんだ。昭和46年に長男が生まれた時、衣笠が「お祝いに欲しいもの言えよ」って言うんで「ボクが実況する今日のゲーム、最初の打席でホームラン頼むわ」とリクエスト。するとその夜の試合でフルカウントから見事レフトにぶち込んだの!痺れたね〜。彼は先に逝っちゃったけど、いつかあの世で飲み明かし音楽を語り合いたいね。

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